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2018年11月25日

2018 AIR勉強会001レクチャー01記録動画_アートプロジェクト、作家のデジタルアーカイヴ

2018_11_25_AIR勉強会_01 須之内元洋 講師
「デジタルアーカイブのススメ」
アートプロジェクト、作家のデジタルアーカイブ

 須之内元洋(すのうち・もとひろ)講師は1977年生まれで、文化資源のデジタルアーカイブ・デザインが専門領域。大学の建築学科にて学ぶが、入学した頃にデジタルメディアと出会い、大学院ではメディア環境学を修了する。その後、就職先の企業でも、デジタルメディアの素地を作るような研究と仕事を続けてきた。2007年より現在の札幌市立大学デザイン学部の講師をしている。

今日のデジタル環境の中で、各種のワークショップや企画展、プロジェクトなどの活動や、あるいは様々な資料を、どのようにメディア化していけるだろうか。自身が手がけた事例や最近の動向を紹介して頂いた。

■ なぜ、記録を続け、メディアを作るのか。

須之内さんがこれまで関わったケースでは、デジタルアーカイブを構築する具体的な目標から、対話を重ねながら設定していくことが多いという。
須之内さんの様々なお仕事に共通しているのは、シンプルに言うと「データ(記録)とメディアを土台にして、デジタル文化の時代にあった公共(≒個人と個人、個人と組織、個人や組織と社会が共に生きる場)をつくること」。これは、記録を続けメディアを作る目的そのものでもある。その構築の結果として、相互理解や相互扶助、合理化など、コミュニケーションや効率面での波及効果が生まれるという。

では、アナログはじめ様々な記録媒体がある中で、なぜデジタルで記録するのか? 
須之内さんの答えは明快で、一つには「現代社会では多くの人がデジタル・メディア社会に生きているから」。
デジタル・メディア社会とは、メディアが現実を作ってしまう社会でもある。
須之内さんは、例としてSNSを介して選挙結果が変わってしまうことや、仕事によってはパソコン画面を一日7~8時間見ている人も珍しくない現状、またパソコンの画面だけで構成された映画「search/サーチ」 (2018)が物語を語る手法として成立し、リアリティを伝え、劇場公開されていることを紹介する。つまり現代人は、10年前、20年前に比べると、圧倒的に「メディアによって作られている現実に生きている」ということになる。
須之内さんのもう一つの答えは、「デジタルメディアに限らず(紙媒体も)、コンテンツやメッセージの『流通・編集・保管』のフォーマットがデジタルであるから」。フライヤーや雑誌を作るとしても、文章テキスト、写真の画像、イラストなど、編集の仕組みはデジタル化されており、受け渡しの手法もメールやクラウドなどでフォーマットがデジタル化されていることを指摘する。

■ デジタルアーカイブの事例 
~「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」と「アートと障害のアーカイブ・京都」~

須之内講師は、この日は用意していたデータの中から、「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」と「アートと障害のアーカイブ・京都」の事例を紹介した。
後者は、京都府内が、2017年度より取り組んでいるデジタルアーカイブである。京都府では従来から、京都府内「art space co-jin アートスペースコージン を拠点に、障害のある方の作品の企画展や各種イベントを開催し、作品を通じた交流の機会を創出してきた。デジタルアーカイブ事業は、そうした活動の一環として捉えることもできる。
一方、「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」は日本財団による助成事業である。京都府亀岡市にある「みずのき美術館」がデジタルアーカイブの構築を始めたことをきっかけに、そのノウハウを共有しながら、広島県にある「鞆の津(とものつ)ミュージアム」、福島県にある「はじまりの美術館」が加わって、3つの私設美術館がデジタルアーカイブの構築に取り組んでいる。これら美術館の運営母体は、障害者の方が日常を過ごす拠点を複数抱えているような福祉施設である。

須之内さんは、京都のWEBマガジン「AMeeT(アミート)」 に掲載された「みずのき美術館 保存と記録の取り組み」(2016年11月24日掲載)の記事を紹介しながら、みずのき美術館のこれまでの活動やデジタルアーカイブが構築された経緯について事例紹介した。
みずのき美術館が管理する作品背景には長い歴史が存在している。美術館が設立されたのは2012年である。その運営母体となっているのは、松花苑(しょうかえん)という福祉施設である。松花苑が運営する障害者施設では、1964年から絵画教室(註:みずのき絵画教室)が施設内で開かれており、西垣籌一(にしがき・ちゅういち)氏の熱心な指導のもと、これまでに大量の作品が蓄積されていた。みずのき美術館の活動を支える仕組みの一つとして、所蔵作品のデジタルアーカイブ構築が進められている。
デジタルアーカイブの内容は二本立てで、運営施設の歴史や障害者福祉環境の変遷とともに作品を紹介する年表と、約18,000点の作品アーカイブ化である 。
みずのき美術館では、絵画教室の活動の歴史が長かったため、これまでの取り組みや、どんな作品があるのかなど、誰も全体像を把握しておらず、「そこをまず確認したい」という気持ちがアーカイブづくりの大きなモチベーションになっていた。
撮影には京都市立芸術大学の協力を仰ぎ、一年後にはみずのき絵画教室のデジタルアーカイブ化が一旦完了した。構築されたアーカイブを活用して企画された展覧会なども開催された。
また、アーカイブ活動そのものを、複数のアーティストそれぞれの表現媒体で作品化して展示するという、メタ的視点による展覧会も開催された 。

京都府による「アートと障害のアーカイブ・京都」 の活動は、公式サイトによると次のとおりである。

障害のある方によって生み出される作品や表現には、豊かな創造の世界があります。しかし、こうした作品が評価されないまま消失、散逸する場合が少なからず存在し、また創作環境も個々の福祉施設内や個人の取り組みにとどまっています。
そうした中、京都府では、府内の障害のある方たちの作品をデジタルアーカイブとして記録・保存・データベース化し、展示、商品化、企業等との連携など様々な展開を目指し、ウェブサイト等を通じて幅広くその活動の発信、作品の活用機会の拡大を図ります。

「商品化」という文言に反映されているように、当初から京都府には「販売」への強い意向があったようだ。「販売する仕組み」がアーカイブに組み込まれることが、予算獲得の上での重要なポイントでもあったと聞いている。ただし、現在はまだ公開初期段階で、サイトからの購入はまだ出来ない。
企業と提携して商品化を行ったり、販売や貸出による展示を前提にアーカイブが構築されている点が、みずのき美術館のデジタルアーカイブと大きく異なっている。

■ メディアでどのような場、どのような関係を作るのか-設計の構想

最初に、メディアを介してどういう場を作るか、どういう関係を誰と作っていくのか、こうしたことを、設計する前の段階でディスカッションしていくことになる。作業プロセスとして、こうして決まった設計構想をベースに、データの容れ物が作られていくことになる。
作品を収蔵するアーカイブの場合、例えば、「みずのきアーカイブズ」と「アートと障害のアーカイブ・京都」を比較したときに、作品に付随するタイトルや制作に関する基本的情報など、どちらの場合でも共通して記録されるデータ項目もあるが、それぞれのアーカイブの目的によって、作品に紐付けされる独自のデータ項目を持つこともある。「アートと障害のアーカイブ・京都」の場合、作家名、作品タイトル、画材、制作年といった作品に関する基本的情報の他に、情報公開の許諾情報や、作品の貸出・販売・創作・紹介についての作家本人の希望などが紐づけされている。また、作家の連絡先や住所など、一般に向けて非公開ではあるが、アーカイブ運営者が把握しておく必要のある性質の情報も含まれる。

 このように、須之内さんは、まずメディアを介して「どういう環境」を作りたいかということを確認し、そのために「どういう情報」を揃えなくてはならないかを、設計に際して先方と話し合いながら整理していく。プロジェクトの目的や内容に応じて、扱われる情報も変わってくるという。
例えば本の場合、一度形になってしまえば作業は終わるが、デジタルアーカイブでは記録を継続し、メディアを作り続けることになる。
須之内さんは「そこに関わる人が継続的に記録をしたり、継続的に活動に関わっていくということを踏まえ、デジタルメディアによる生きた場を作る。そういう意識で作っています」という。

■ デジタルアーカイブの事例 はじまりの美術館(福島県)

さらに須之内さんは、福島県の社会福祉法人 安積愛育園が運営する「はじまりの美術館」の事例を紹介した。安積愛育園は、郡山市を中心に何箇所かの障害者支援の拠点を抱えており、美術館は郡山市から少し離れた猪苗代にある。
はじまりの美術館が取り組むデジタルアーカイブは、作品だけではなく、作品が生まれた背景や、作者の制作スタイル、どのような日常生活の中から作品が生まれているかなど、かなり踏み込んだ情報を、作品と一緒に積極的に公開している姿勢に特徴がある。
美術館スタッフと、作品制作者及び支援スタッフが別々の離れた拠点に居るため、スタッフ限定のLINEを介して質疑応答を行いながら、作品にまつわる情報が集約される仕組みだ。それらの情報は、最終的にアーカイブスタッフが公開用に編集を行ったうえで公開している。
「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」に取り組む美術館3館(みずのき美術館、鞆の津ミュージアム、はじまりの美術館)を比較すると、作品の見せ方や情報の開き方に関するポリシーが、それぞれでかなり異なっている。はじまりの美術館は、その中で最もオープンで積極的な情報発信を行っている。

■ アーカイブ作業は優先順位が大事

はじまりの美術館の場合は、既存の作品だけでなく、これから先に生まれてくる制作物、創作物もアーカイブしていくことを前提に、既にあるものから始めて、アーカイブを構築していった。作品の収蔵庫や量などは、それぞれの現場で状況が違う。
はじまりの美術館の場合、どれだけ作品があるのか誰も分からない、という状況で作業が始められた。1万点とも2万点とも言われる作品群は、古い住宅を借りた仮の収蔵庫に、ただ積まれていたという。その膨大な作品のなかから、過去の受賞作や展覧会で出品されたものなど、ある程度整理されていたものから作業に着手した。最終的には全作品を網羅するとしても、完了までには長い時間がかかるので、現実に作業を行う際には優先度を考える必要があるという。

会場質問: このアーカイブを作った目的は?

障害者支援施設を運営する団体が、どうして美術館を運営しているのかということとも関係していると思います。障害のあるなしに関わらず、日々の生活の中で生まれてくる表現に関して積極的に評価をしていったり、障害者の方が制作する作品を通じて社会との接点を開いていく、そういう活動の場として美術館があり、そうした活動をサポートする役割がアーカイブに期待されているのではと思います。

はじまりの美術館による『はじまりアーカイブス「unico file」』 では、次のように紹介されている。

はじまりアーカイブス「unico file(ウーニコ ファイル)」は、社会福祉法人安積愛育園unicoの活動からうまれた作品のデジタルアーカイブサイトです。
このサイトでは、事業所の中で日々うまれる作品から、現場で支援を行うスタッフが「誰かに伝えたい/残したい」と思った作品を記録・保存・整理しました。

はじまりの美術館は、2018年度からは、自らの施設で生まれた作品に限定せず、福島県の同じ地域の作家さんたちの仕事も紹介していく。障害者の表現活動と鑑賞者をつないでいく役割とを、美術館とアーカイブの両輪でやっていこうとしている。

■ デジタルアーカイブの永続性を巡る問題や個人情報の保護と活用に関する世界的潮流

さらに須之内さんは、会場からの質問に答えて、昨今のデジタルアーカイブの情報は実際にはクラウドで保存されている場合が多いこと、これは地理的に分散した複数媒体が同期して保持しているものであり、事故などによってその媒体のハードの一箇所が破損しても、全部が同時に破損しない限りはデータが消失しない構成になっていることを答えた。
 さらに、デジタル環境はたかだか20年しか歴史のないメディア環境であって、新たな課題に直面していることについても触れた。
現代では、Googleや様々なSNS、写真や動画などの共有サービス、DROPBOXなどのオンラインストレージサービスなどが日常的になった。利用者が個人情報を提供することで、利用者一人ひとりに最適化された広告が表示されることで、便利な機能をタダで使える無料のサービスと、お金を支払って便利な機能を使わせてもらう有料のサービスが存在する。基本的にそのどちらかである。こうした仕組みを活用しながら、どのようにデジタルアーカイブの永続性を担保できるかは大きな課題であるという。

また、オンラインにおける個人情報の保護と活用に関する世界的潮流と、そうした動きにデジタルアーカイブがどのように呼応していけるかということも課題になっている。
 例えば、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則) が2018年5月25日に施行された。これは、サービス提供者に対して、ユーザーの権利の確保とサービスの設計基準の順守を義務化したものだ。サービス提供者がユーザーに対して確保すべき権利としては、忘れられる権利、データへのアクセスの容易性、データの移植性、データがいつどのようにハッキングされたかを知る権利などが挙げられている。また、サービスを設計する際には、プライバシー保護をデフォルト化することなどが定められている。違反者には厳しい罰則が課されることになる。EUでは今後、企業が個人情報を好き勝手に利用することを許しませんという意思を、法律として制度化したのである。
GDPR施行後の個人情報管理のあり方を提示する「digi.me」というサービスアプリがある。金融、ソーシャルメディア、保険など、複数のサービスにまたがる個人情報管理を一つに統合するアプリである。このアプリは、ユーザー自身が管理するクラウドストレージと連携して動作し、アプリが扱う個人情報は全て暗号化されてクラウドストレージ上で保管されるため、アプリの運用者にすら個人情報が勝手に渡ることはない。ユーザーは自身の個人情報を自身のクラウドストレージ上に管理し、利用するサービスごとに個人情報の公開範囲を設定・把握することが出来る。

■ 事例 東京・小金井のARTFULL ACTION(アートフル・アクション)

最後に、須之内さんは、東京都小金井市内を中心にアート活動を行っているNPO法人ARTFULL ACTION(アートフル・アクション)のサイト で用いられているアーカイブ手法について言及した。
ARTFULL ACTIONの特徴は、複数のプロジェクトが常に並走して走っていて、色々な議論とかリサーチをしつつ、対話を重視しながら、プロジェクトが作り上げられていくことである。現場の運営者が考える成果物は、目に見える形ある作品や展覧会とは限らない。
ここではどのように活動を記録しているのか。公式サイトには、プロジェクト一覧ページがあって、年度ごとに複数のプロジェクトが走っていることがわかる。運営スタッフがそれぞれのプロジェクトページにアクセスすると、その日に起こったこと、発見したこと、考えたことなどを、日記のように気軽に書き込みすることが出来る。この書き込み形式について須之内氏は「開かれたLINE」とも表現する。LINEグループのように気軽に書き込みできるんだけど、誰かにちょっと読まれることを意識して書く。チームで話し合っていて気付いたこと、考えたことなどが形式張らずに記録されていく。仕組みは非常にシンプルだが、このプロジェクトページの書き込みの蓄積によって、見えにくかった活動の一つの側面が可視化されている。継続的な記録は負担になってしまっては続かない。アーカイブとして参考になる点が多いのではない。
                                 (了)
2018_11_25_AIR勉強会_01 須之内元洋 講師「デジタルアーカイブのススメ」
アートプロジェクト、作家のデジタルアーカイブ

 須之内元洋(すのうち・もとひろ)講師は1977年生まれで、文化資源のデジタルアーカイブ・デザインが専門領域。大学の建築学科にて学ぶが、入学した頃にデジタルメディアと出会い、大学院ではメディア環境学を修了する。その後、就職先の企業でも、デジタルメディアの素地を作るような研究と仕事を続けてきた。2007年より現在の札幌市立大学デザイン学部の講師をしている。

今日のデジタル環境の中で、各種のワークショップや企画展、プロジェクトなどの活動や、あるいは様々な資料を、どのようにメディア化していけるだろうか。自身が手がけた事例や最近の動向を紹介して頂いた。

■ なぜ、記録を続け、メディアを作るのか。

須之内さんがこれまで関わったケースでは、デジタルアーカイブを構築する具体的な目標から、対話を重ねながら設定していくことが多いという。
須之内さんの様々なお仕事に共通しているのは、シンプルに言うと「データ(記録)とメディアを土台にして、デジタル文化の時代にあった公共(≒個人と個人、個人と組織、個人や組織と社会が共に生きる場)をつくること」。これは、記録を続けメディアを作る目的そのものでもある。その構築の結果として、相互理解や相互扶助、合理化など、コミュニケーションや効率面での波及効果が生まれるという。

では、アナログはじめ様々な記録媒体がある中で、なぜデジタルで記録するのか? 
須之内さんの答えは明快で、一つには「現代社会では多くの人がデジタル・メディア社会に生きているから」。
デジタル・メディア社会とは、メディアが現実を作ってしまう社会でもある。
須之内さんは、例としてSNSを介して選挙結果が変わってしまうことや、仕事によってはパソコン画面を一日7~8時間見ている人も珍しくない現状、またパソコンの画面だけで構成された映画「search/サーチ」 (2018)が物語を語る手法として成立し、リアリティを伝え、劇場公開されていることを紹介する。つまり現代人は、10年前、20年前に比べると、圧倒的に「メディアによって作られている現実に生きている」ということになる。
須之内さんのもう一つの答えは、「デジタルメディアに限らず(紙媒体も)、コンテンツやメッセージの『流通・編集・保管』のフォーマットがデジタルであるから」。フライヤーや雑誌を作るとしても、文章テキスト、写真の画像、イラストなど、編集の仕組みはデジタル化されており、受け渡しの手法もメールやクラウドなどでフォーマットがデジタル化されていることを指摘する。

■ デジタルアーカイブの事例 
~「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」と「アートと障害のアーカイブ・京都」~

須之内講師は、この日は用意していたデータの中から、「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」と「アートと障害のアーカイブ・京都」の事例を紹介した。
後者は、京都府内が、2017年度より取り組んでいるデジタルアーカイブである。京都府では従来から、京都府内「art space co-jin アートスペースコージン(1)を拠点に、障害のある方の作品の企画展や各種イベントを開催し、作品を通じた交流の機会を創出してきた。デジタルアーカイブ事業は、そうした活動の一環として捉えることもできる。
一方、「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」は日本財団による助成事業である。京都府亀岡市にある「みずのき美術館」がデジタルアーカイブの構築を始めたことをきっかけに、そのノウハウを共有しながら、広島県にある「鞆の津(とものつ)ミュージアム」、福島県にある「はじまりの美術館」が加わって、3つの私設美術館がデジタルアーカイブの構築に取り組んでいる。これら美術館の運営母体は、障害者の方が日常を過ごす拠点を複数抱えているような福祉施設である。

須之内さんは、京都のWEBマガジン「AMeeT(アミート)」(2) に掲載された「みずのき美術館 保存と記録の取り組み」(2016年11月24日掲載)の記事を紹介しながら、みずのき美術館のこれまでの活動やデジタルアーカイブが構築された経緯について事例紹介した。
みずのき美術館が管理する作品背景には長い歴史が存在している。美術館が設立されたのは2012年である。その運営母体となっているのは、松花苑(しょうかえん)という福祉施設である。松花苑が運営する障害者施設では、1964年から絵画教室(註:みずのき絵画教室)が施設内で開かれており、西垣籌一(にしがき・ちゅういち)氏の熱心な指導のもと、これまでに大量の作品が蓄積されていた。みずのき美術館の活動を支える仕組みの一つとして、所蔵作品のデジタルアーカイブ構築が進められている。
デジタルアーカイブの内容は二本立てで、運営施設の歴史や障害者福祉環境の変遷とともに作品を紹介する年表と、約18,000点の作品アーカイブ化である (3)。
みずのき美術館では、絵画教室の活動の歴史が長かったため、これまでの取り組みや、どんな作品があるのかなど、誰も全体像を把握しておらず、「そこをまず確認したい」という気持ちがアーカイブづくりの大きなモチベーションになっていた。
撮影には京都市立芸術大学の協力を仰ぎ、一年後にはみずのき絵画教室のデジタルアーカイブ化が一旦完了した。構築されたアーカイブを活用して企画された展覧会なども開催された。
また、アーカイブ活動そのものを、複数のアーティストそれぞれの表現媒体で作品化して展示するという、メタ的視点による展覧会(4)も開催された 。

京都府による「アートと障害のアーカイブ・京都」(5) の活動は、公式サイトによると次のとおりである。

障害のある方によって生み出される作品や表現には、豊かな創造の世界があります。しかし、こうした作品が評価されないまま消失、散逸する場合が少なからず存在し、また創作環境も個々の福祉施設内や個人の取り組みにとどまっています。
そうした中、京都府では、府内の障害のある方たちの作品をデジタルアーカイブとして記録・保存・データベース化し、展示、商品化、企業等との連携など様々な展開を目指し、ウェブサイト等を通じて幅広くその活動の発信、作品の活用機会の拡大を図ります。

「商品化」という文言に反映されているように、当初から京都府には「販売」への強い意向があったようだ。「販売する仕組み」がアーカイブに組み込まれることが、予算獲得の上での重要なポイントでもあったと聞いている。ただし、現在はまだ公開初期段階で、サイトからの購入はまだ出来ない。
企業と提携して商品化を行ったり、販売や貸出による展示を前提にアーカイブが構築されている点が、みずのき美術館のデジタルアーカイブと大きく異なっている。

■ メディアでどのような場、どのような関係を作るのか-設計の構想

最初に、メディアを介してどういう場を作るか、どういう関係を誰と作っていくのか、こうしたことを、設計する前の段階でディスカッションしていくことになる。作業プロセスとして、こうして決まった設計構想をベースに、データの容れ物が作られていくことになる。
作品を収蔵するアーカイブの場合、例えば、「みずのきアーカイブズ」と「アートと障害のアーカイブ・京都」を比較したときに、作品に付随するタイトルや制作に関する基本的情報など、どちらの場合でも共通して記録されるデータ項目もあるが、それぞれのアーカイブの目的によって、作品に紐付けされる独自のデータ項目を持つこともある。「アートと障害のアーカイブ・京都」の場合、作家名、作品タイトル、画材、制作年といった作品に関する基本的情報の他に、情報公開の許諾情報や、作品の貸出・販売・創作・紹介についての作家本人の希望などが紐づけされている。また、作家の連絡先や住所など、一般に向けて非公開ではあるが、アーカイブ運営者が把握しておく必要のある性質の情報も含まれる。

 このように、須之内さんは、まずメディアを介して「どういう環境」を作りたいかということを確認し、そのために「どういう情報」を揃えなくてはならないかを、設計に際して先方と話し合いながら整理していく。プロジェクトの目的や内容に応じて、扱われる情報も変わってくるという。
例えば本の場合、一度形になってしまえば作業は終わるが、デジタルアーカイブでは記録を継続し、メディアを作り続けることになる。
須之内さんは「そこに関わる人が継続的に記録をしたり、継続的に活動に関わっていくということを踏まえ、デジタルメディアによる生きた場を作る。そういう意識で作っています」という。

■ デジタルアーカイブの事例 はじまりの美術館(福島県)

さらに須之内さんは、福島県の社会福祉法人 安積愛育園が運営する「はじまりの美術館」の事例を紹介した。安積愛育園は、郡山市を中心に何箇所かの障害者支援の拠点を抱えており、美術館は郡山市から少し離れた猪苗代にある。
はじまりの美術館が取り組むデジタルアーカイブは、作品だけではなく、作品が生まれた背景や、作者の制作スタイル、どのような日常生活の中から作品が生まれているかなど、かなり踏み込んだ情報を、作品と一緒に積極的に公開している姿勢に特徴がある。
美術館スタッフと、作品制作者及び支援スタッフが別々の離れた拠点に居るため、スタッフ限定のLINEを介して質疑応答を行いながら、作品にまつわる情報が集約される仕組みだ。それらの情報は、最終的にアーカイブスタッフが公開用に編集を行ったうえで公開している。
「日本財団アーカイブ支援プロジェクト」に取り組む美術館3館(みずのき美術館、鞆の津ミュージアム、はじまりの美術館)を比較すると、作品の見せ方や情報の開き方に関するポリシーが、それぞれでかなり異なっている。はじまりの美術館は、その中で最もオープンで積極的な情報発信を行っている。

■ アーカイブ作業は優先順位が大事

はじまりの美術館の場合は、既存の作品だけでなく、これから先に生まれてくる制作物、創作物もアーカイブしていくことを前提に、既にあるものから始めて、アーカイブを構築していった。作品の収蔵庫や量などは、それぞれの現場で状況が違う。
はじまりの美術館の場合、どれだけ作品があるのか誰も分からない、という状況で作業が始められた。1万点とも2万点とも言われる作品群は、古い住宅を借りた仮の収蔵庫に、ただ積まれていたという。その膨大な作品のなかから、過去の受賞作や展覧会で出品されたものなど、ある程度整理されていたものから作業に着手した。最終的には全作品を網羅するとしても、完了までには長い時間がかかるので、現実に作業を行う際には優先度を考える必要があるという。

会場質問: このアーカイブを作った目的は?

障害者支援施設を運営する団体が、どうして美術館を運営しているのかということとも関係していると思います。障害のあるなしに関わらず、日々の生活の中で生まれてくる表現に関して積極的に評価をしていったり、障害者の方が制作する作品を通じて社会との接点を開いていく、そういう活動の場として美術館があり、そうした活動をサポートする役割がアーカイブに期待されているのではと思います。

はじまりの美術館による『はじまりアーカイブス「unico file」』 では、次のように紹介されている。

はじまりアーカイブス「unico file(ウーニコ ファイル)」は、社会福祉法人安積愛育園unicoの活動からうまれた作品のデジタルアーカイブサイトです。
このサイトでは、事業所の中で日々うまれる作品から、現場で支援を行うスタッフが「誰かに伝えたい/残したい」と思った作品を記録・保存・整理しました。

はじまりの美術館は、2018年度からは、自らの施設で生まれた作品に限定せず、福島県の同じ地域の作家さんたちの仕事も紹介していく。障害者の表現活動と鑑賞者をつないでいく役割とを、美術館とアーカイブの両輪でやっていこうとしている。

■ デジタルアーカイブの永続性を巡る問題や個人情報の保護と活用に関する世界的潮流

さらに須之内さんは、会場からの質問に答えて、昨今のデジタルアーカイブの情報は実際にはクラウドで保存されている場合が多いこと、これは地理的に分散した複数媒体が同期して保持しているものであり、事故などによってその媒体のハードの一箇所が破損しても、全部が同時に破損しない限りはデータが消失しない構成になっていることを答えた。
 さらに、デジタル環境はたかだか20年しか歴史のないメディア環境であって、新たな課題に直面していることについても触れた。
現代では、Googleや様々なSNS、写真や動画などの共有サービス、DROPBOXなどのオンラインストレージサービスなどが日常的になった。利用者が個人情報を提供することで、利用者一人ひとりに最適化された広告が表示されることで、便利な機能をタダで使える無料のサービスと、お金を支払って便利な機能を使わせてもらう有料のサービスが存在する。基本的にそのどちらかである。こうした仕組みを活用しながら、どのようにデジタルアーカイブの永続性を担保できるかは大きな課題であるという。

また、オンラインにおける個人情報の保護と活用に関する世界的潮流と、そうした動きにデジタルアーカイブがどのように呼応していけるかということも課題になっている。
 例えば、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則) が2018年5月25日に施行された。これは、サービス提供者に対して、ユーザーの権利の確保とサービスの設計基準の順守を義務化したものだ。サービス提供者がユーザーに対して確保すべき権利としては、忘れられる権利、データへのアクセスの容易性、データの移植性、データがいつどのようにハッキングされたかを知る権利などが挙げられている。また、サービスを設計する際には、プライバシー保護をデフォルト化することなどが定められている。違反者には厳しい罰則が課されることになる。EUでは今後、企業が個人情報を好き勝手に利用することを許しませんという意思を、法律として制度化したのである。
GDPR施行後の個人情報管理のあり方を提示する「digi.me」というサービスアプリがある。金融、ソーシャルメディア、保険など、複数のサービスにまたがる個人情報管理を一つに統合するアプリである。このアプリは、ユーザー自身が管理するクラウドストレージと連携して動作し、アプリが扱う個人情報は全て暗号化されてクラウドストレージ上で保管されるため、アプリの運用者にすら個人情報が勝手に渡ることはない。ユーザーは自身の個人情報を自身のクラウドストレージ上に管理し、利用するサービスごとに個人情報の公開範囲を設定・把握することが出来る。

■ 事例 東京・小金井のARTFULL ACTION(アートフル・アクション)

最後に、須之内さんは、東京都小金井市内を中心にアート活動を行っているNPO法人ARTFULL ACTION(アートフル・アクション)のサイト で用いられているアーカイブ手法について言及した。
ARTFULL ACTIONの特徴は、複数のプロジェクトが常に並走して走っていて、色々な議論とかリサーチをしつつ、対話を重視しながら、プロジェクトが作り上げられていくことである。現場の運営者が考える成果物は、目に見える形ある作品や展覧会とは限らない。
ここではどのように活動を記録しているのか。公式サイトには、プロジェクト一覧ページがあって、年度ごとに複数のプロジェクトが走っていることがわかる。運営スタッフがそれぞれのプロジェクトページにアクセスすると、その日に起こったこと、発見したこと、考えたことなどを、日記のように気軽に書き込みすることが出来る。この書き込み形式について須之内氏は「開かれたLINE」とも表現する。LINEグループのように気軽に書き込みできるんだけど、誰かにちょっと読まれることを意識して書く。チームで話し合っていて気付いたこと、考えたことなどが形式張らずに記録されていく。仕組みは非常にシンプルだが、このプロジェクトページの書き込みの蓄積によって、見えにくかった活動の一つの側面が可視化されている。継続的な記録は負担になってしまっては続かない。アーカイブとして参考になる点が多いのではない。

レクチャーリポート作成:加藤康子
                                 
1) きょうと障害者文化芸術推進機構が運営。事務局は、京都府障害者支援課。

2) 「Art Meets Technology」をコンセプト。一般財団法人ニッシャ印刷文化振興財団が発行・運営。上記記事のURLはhttps://www.ameet.jp/digital-archives/856/

3)現在、このアーカイブはみずのき美術館館内でのみ閲覧できる。

4)「みずのきアーカイブのための展覧会~アーカイブをアーカイブする」、2018年2月3日(土)〜3月25日(日)、みずのき美術館

5) https://kyoto-aapd.jp/
(以下、サイトの紹介文)
障害のある方によって生み出される作品や表現には、豊かな創造の世界があります。しかし、こうした作品が評価されないまま消失、散逸する場合が少なからず存在し、また創作環境も個々の福祉施設内や個人の取り組みにとどまっています。そうした中、京都府では、府内の障害のある方たちの作品をデジタルアーカイブとして記録・保存・データベース化し、展示、商品化、企業等との連携など様々な展開を目指し、ウェブサイト等を通じて幅広くその活動の発信、作品の活用機会の拡大を図ります。

6) https://hajimari-archives.com/about

7) General Data Protection Regulation:略してGDPR

8) https://artfullaction.net/